芥川龍之介(1915)『羅生門』-Voicepeakを利用した日本語読み上げ

芥川の5作目の短編小説『羅生門』を、株式会社AHSの日本語読み上げソフトVoicepeakを利用して音声データ化した。『羅生門』は、『今昔物語集』巻二十九「羅城門登上層見死人盗人語第十八」をモチーフとしたもので、時代設定は、平安時代末期である。

『今昔物語』の当該部分と芥川龍之介の「羅生門」は、大修館書店のサイトの中で、両者を収めたpdfファイル(https://www.taishukan.co.jp/item/digital_link/shin-bungakukokugo/doc/000_rashomon.pdf)がダウンロード可能となっている。

「羅生門」は、1915(大正4)年11月に『帝国文学』に最初に掲載された。その最初の発表時には、エンディング部の記述が「外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。下人は、既に、雨を冒して、京都の町へ強盗を働きに急ぎつつあった。」となっていたが、3年後の1918(大正7)年7月刊行の作品集『新興文芸叢書第八編 鼻』春陽堂に収めるにあたり、現在のように「外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。下人の行方ゆくえは、誰も知らない。」という形に書き直された。

 
下記では、『羅生門』の本文全体を一挙に聴くことができる。

「男性3」の音声を用い、一部を除きデフォルト設定で音声ファイル化したもの。全体で、19分4秒の長さとなっている。(セリフ部分の速さは95%と、少し遅くしてある。)

「男性3」の音声を用い、速さ90%、ピッチ-120%、ポーズ125%の設定で音声ファイル化したもの。全体で、21分24秒の長さとなっている。

「男性3」の音声を用い、速さ90%、ピッチ-120%、ポーズ125%の設定に加えて、「怒り」と「悲しみ」の感情パラメーターを20%として音声ファイル化したもの。全体で、21分49秒の長さとなっている。

「女性2」の音声を用い、速さ90%、ピッチ-120%、ポーズ125%の設定で音声ファイル化したもの。全体で、19分25秒の長さとなっている。

「女性2」の音声を用い、速さ90%、ピッチ-120%、ポーズ125%の設定に加えて、「怒り」と「悲しみ」の感情パラメーターを20%として音声ファイル化したもの。全体で、19分46秒の長さとなっている。

 
芥川龍之介(1915)『羅生門』のパラグラフ分割再生
下記では、「男性3」の音声を用い、一部を除きデフォルト設定でパラグラフごとに分割した音声ファイルを聴くことができる。

羅生門

芥川龍之介

 ある日の暮方の事である。一人の下人げにんが、羅生門らしょうもんの下で雨やみを待っていた。

 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗にぬりげた、大きな円柱まるばしらに、蟋蟀きりぎりすが一匹とまっている。羅生門が、朱雀大路すざくおおじにある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠いちめがさ揉烏帽子もみえぼしが、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。

 何故かと云うと、この二三年、京都には、地震とか辻風つじかぜとか火事とか饑饉とか云うわざわいがつづいて起った。そこで洛中らくちゅうのさびれ方は一通りではない。旧記によると、仏像や仏具を打砕いて、そのがついたり、金銀のはくがついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、たきぎしろに売っていたと云う事である。洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸こりむ。盗人ぬすびとが棲む。とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも気味を悪るがって、この門の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。

 その代りまたからすがどこからか、たくさん集って来た。昼間見ると、その鴉が何羽となく輪を描いて、高い鴟尾しびのまわりを啼きながら、飛びまわっている。ことに門の上の空が、夕焼けであかくなる時には、それが胡麻ごまをまいたようにはっきり見えた。鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、ついばみに来るのである。――もっとも今日は、刻限こくげんが遅いせいか、一羽も見えない。ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、鴉のふんが、点々と白くこびりついているのが見える。下人は七段ある石段の一番上の段に、洗いざらした紺のあおの尻を据えて、右の頬に出来た、大きな面皰にきびを気にしながら、ぼんやり、雨のふるのを眺めていた。

 
 
 作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。ふだんなら、勿論、主人の家へ帰る可き筈である。所がその主人からは、四五日前に暇を出された。前にも書いたように、当時京都の町は一通りならず衰微すいびしていた。今この下人が、永年、使われていた主人から、暇を出されたのも、実はこの衰微の小さな余波にほかならない。だから「下人が雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。その上、今日の空模様も少からず、この平安朝の下人の Sentimentalisme に影響した。さるこくさがりからふり出した雨は、いまだに上るけしきがない。そこで、下人は、何をおいても差当り明日あすの暮しをどうにかしようとして――云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきから朱雀大路にふる雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。

 雨は、羅生門をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて来る。夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、斜につき出したいらかの先に、重たくうす暗い雲を支えている。

 どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいるいとまはない。選んでいれば、築土ついじの下か、道ばたの土の上で、饑死うえじにをするばかりである。そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊ていかいした揚句あげくに、やっとこの局所へ逢着ほうちゃくした。しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その後に来る可き「盗人ぬすびとになるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。

 下人は、大きなくさめをして、それから、大儀たいぎそうに立上った。夕冷えのする京都は、もう火桶ひおけが欲しいほどの寒さである。風は門の柱と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。丹塗にぬりの柱にとまっていた蟋蟀きりぎりすも、もうどこかへ行ってしまった。

 下人は、くびをちぢめながら、山吹やまぶき汗袗かざみに重ねた、紺のあおの肩を高くして門のまわりを見まわした。雨風のうれえのない、人目にかかるおそれのない、一晩楽にねられそうな所があれば、そこでともかくも、夜を明かそうと思ったからである。すると、幸い門の上の楼へ上る、幅の広い、これも丹を塗った梯子はしごが眼についた。上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。下人はそこで、腰にさげた聖柄ひじりづか太刀たち鞘走さやばしらないように気をつけながら、藁草履わらぞうりをはいた足を、その梯子の一番下の段へふみかけた。

 それから、何分かの後である。羅生門の楼の上へ出る、幅の広い梯子の中段に、一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を殺しながら、上の容子ようすを窺っていた。楼の上からさす火の光が、かすかに、その男の右の頬をぬらしている。短い鬚の中に、赤くうみを持った面皰にきびのある頬である。下人は、始めから、この上にいる者は、死人ばかりだと高をくくっていた。それが、梯子を二三段上って見ると、上では誰か火をとぼして、しかもその火をそこここと動かしているらしい。これは、その濁った、黄いろい光が、隅々に蜘蛛くもの巣をかけた天井裏に、揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしているからは、どうせただの者ではない。

 下人は、守宮やもりのように足音をぬすんで、やっと急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。そうして体を出来るだけ、たいらにしながら、頸を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、楼の内をのぞいて見た。

 見ると、楼の内には、噂に聞いた通り、幾つかの死骸しがいが、無造作に棄ててあるが、火の光の及ぶ範囲が、思ったより狭いので、数は幾つともわからない。ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸の死骸と、着物を着た死骸とがあるという事である。勿論、中には女も男もまじっているらしい。そうして、その死骸は皆、それが、かつて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、土をねて造った人形のように、口をいたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、永久におしの如く黙っていた。

 下人げにんは、それらの死骸の腐爛ふらんした臭気に思わず、鼻をおおった。しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからだ。

 下人の眼は、その時、はじめてその死骸の中にうずくまっている人間を見た。檜皮色ひわだいろの着物を着た、背の低い、せた、白髪頭しらがあたまの、猿のような老婆である。その老婆は、右の手に火をともした松の木片きぎれを持って、その死骸の一つの顔を覗きこむように眺めていた。髪の毛の長い所を見ると、多分女の死骸であろう。

 下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時ざんじ呼吸いきをするのさえ忘れていた。旧記の記者の語を借りれば、「頭身とうしんの毛も太る」ように感じたのである。すると老婆は、松の木片を、床板の間に挿して、それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、丁度、猿の親が猿の子のしらみをとるように、その長い髪の毛を一本ずつ抜きはじめた。髪は手に従って抜けるらしい。

 その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。そうして、それと同時に、この老婆に対するはげしい憎悪が、少しずつ動いて来た。――いや、この老婆に対すると云っては、語弊ごへいがあるかも知れない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。この時、誰かがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、饑死うえじにをするか盗人ぬすびとになるかと云う問題を、改めて持出したら、恐らく下人は、何の未練もなく、饑死を選んだ事であろう。それほど、この男の悪を憎む心は、老婆の床に挿した松の木片きぎれのように、勢いよく燃え上り出していたのである。

 下人には、勿論、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。しかし下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。勿論、下人は、さっきまで自分が、盗人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。

 そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飛び上った。そうして聖柄ひじりづかの太刀に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩みよった。老婆が驚いたのは云うまでもない。

 老婆は、一目下人を見ると、まるでいしゆみにでもはじかれたように、飛び上った。

「おのれ、どこへ行く。」

 下人は、老婆が死骸につまずきながら、慌てふためいて逃げようとする行手をふさいで、こうののしった。老婆は、それでも下人をつきのけて行こうとする。下人はまた、それを行かすまいとして、押しもどす。二人は死骸の中で、しばらく、無言のまま、つかみ合った。しかし勝敗は、はじめからわかっている。下人はとうとう、老婆の腕をつかんで、無理にそこへねじ倒した。丁度、にわとりの脚のような、骨と皮ばかりの腕である。

「何をしていた。云え。云わぬと、これだぞよ。」

 下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀のさやを払って、白いはがねの色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は黙っている。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、眼球めだままぶたの外へ出そうになるほど、見開いて、唖のように執拗しゅうねく黙っている。これを見ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。あとに残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。そこで、下人は、老婆を見下しながら、少し声を柔らげてこう云った。

おれ検非違使けびいしの庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。だからお前になわをかけて、どうしようと云うような事はない。ただ、今時分この門の上で、何をして居たのだか、それを己に話しさえすればいいのだ。」

 すると、老婆は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっとその下人の顔を見守った。まぶたの赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのである。それから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように動かした。細い喉で、尖った喉仏のどぼとけの動いているのが見える。その時、その喉から、からすの啼くような声が、あえぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わって来た。

「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、かずらにしようと思うたのじゃ。」

 下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑ぶべつと一しょに、心の中へはいって来た。すると、その気色けしきが、先方へも通じたのであろう。老婆は、片手に、まだ死骸の頭から奪った長い抜け毛を持ったなり、ひきのつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。

「成程な、死人しびとの髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。現在、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸しすんばかりずつに切って干したのを、干魚ほしうおだと云うて、太刀帯たてわきの陣へ売りにんだわ。疫病えやみにかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。それもよ、この女の売る干魚は、味がよいと云うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料さいりように買っていたそうな。わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、饑死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」

 老婆は、大体こんな意味の事を云った。

 下人は、太刀をさやにおさめて、その太刀のつかを左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。勿論、右の手では、赤く頬に膿を持った大きな面皰にきびを気にしながら、聞いているのである。しかし、これを聞いている中に、下人の心には、ある勇気が生まれて来た。それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの門の上へ上って、この老婆を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。下人は、饑死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。その時のこの男の心もちから云えば、饑死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。

「きっと、そうか。」

 老婆の話がおわると、下人はあざけるような声で念を押した。そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を面皰にきびから離して、老婆の襟上えりがみをつかみながら、噛みつくようにこう云った。

「では、おれ引剥ひはぎをしようと恨むまいな。己もそうしなければ、饑死をする体なのだ。」

 下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとった。それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。梯子の口までは、僅に五歩を数えるばかりである。下人は、剥ぎとった檜皮色ひわだいろの着物をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた。

 しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、その裸の体を起したのは、それから間もなくの事である。老婆はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで、這って行った。そうして、そこから、短い白髪しらがさかさまにして、門の下を覗きこんだ。外には、ただ、黒洞々こくとうとうたる夜があるばかりである。

 下人の行方ゆくえは、誰も知らない。

 
『VOICEPEAK』は、「最新のAI音声合成技術を搭載」し、「幸せ、楽しみ、怒り、悲しみ」といった感情パラメータによる喜怒哀楽の表現にも対応している。また、読み上げに関して、「速さ」、「ピッチ」、「ポーズ」などの設定も変更できるようになっているだけでなく、各文字の「アクセント」、「イントネーション」、「読み上げ長さ」なども各単語ごとにきめ細かく変更できるようになっている。

ただし下記のファイルでは、「幸せ、楽しみ、怒り、悲しみ」といった感情パラメータ、「速さ」、「ピッチ」、「ポーズ」などの設定はデフォルトのまま、変更していない。また「アクセント」、「イントネーション」、「読み上げ長さ」に関しては2.3の単語に関して変更を加えただけで基本的にはデフォルトの設定のままである。

また読み上げのためのテキスト・データとしては、『芥川龍之介全集1』(筑摩書房、ちくま文庫、1986年)の青空文庫所収のテキスト・データ(https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card127.html)を基に、読み方に関して現代風になるように、下記ほかの変更をおこなった。執拗(しゅうね)くを「しつこく」と、疫病(えやみ)を「えきびょう」と、鬘《かずら》を「かつら」と、嚔(くさめ)を「くしゃみ」とするなど、若干の手直しをした。
またsentimentalismeは、フランス語の単語ではあるが、フランス語読みではなく、「センチメンタリズム」とした。(sentimentalismeのフランス語での発音は、“sentimentalisme”en.wiktionary.org/wiki/で聴くことができる。)

 
単語解説
羅生門、および、現代では一般的には使われていないいくつかの単語について、簡単な解説を下記に記した。

  1. 羅生門
    小説の舞台となっている羅生門のモデルは、平安京の朱雀大路の南端にあった羅城門(2階建て、9間3戸の大きさ)であるが、980(天元3)年に倒壊し現存しない。羅城門の外は京外となる。羅城門の内外ともに幅3mの溝が掘られており、橋が架けられていた。。
    平安時代にはしだいに荒廃し,『今昔物語集』によれば、芥川龍之介「羅生門」での設定にあるように、死骸が捨てられていたと記されている。

    [図の出典]日本語版ウィキペディア「羅城門」所収の京都駅の復元模型の写真をもとに、背景を切り取った。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/羅城門

    下記の平安京全体図に示されているように、平安京の中央の大通り「朱雀大路」の北端が朱雀門、南端が羅城門である。

    [図の出典]咲宮薫「平安京」(日本語版ウィキペディア『平安京』所収の平安京に関する図)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/平安京

  2. 襖(あお)
    両袖の腋(わき)が縫われておらず、開いたままになっている上着。裾の部分に欄が付いていない。
    コトバンク所収の「袍」(https://kotobank.jp/word/%E8%A2%8D-131736)に関する『平凡社 改訂新版 世界大百科事典』ほかの解説文および図がわかりやすい。
     
  3. 汗袗(あざみ)
    汗で衣類がべとつかないようにしたり、汗が衣類にじむのを防止するために用いた肌着。麻や縮みなどの風通しの良い布が使われ、男女ともに用いていた。
     
  4. 申の刻下り(さるのこくさがり、あるいは、ななつさがり)
    「日の出」と「日の入り」の時刻を基準とした不定時法によるため、「申の刻」の時間帯は季節によって変化するが、昼と夜の長さが同一になる春分の日および秋分の日、すなわち、「日の出」が午前6時、「日の入り」が午後6時となる日であれば、定時法の現代における午後3時から午後5時までの時間帯に相当する。それゆえ「申の刻下り」は午後4時から午後5時までの時間帯を指すことになる。
    時間帯については、国立天文台 暦計算室「定時法と不定時法」『暦Wiki』「時刻」『歌舞伎用語案内』が参考になる。
     
  5. 鴟尾(しび)
    瓦葺屋根の大棟の両端につけられる飾りの一種であり、沓(くつ)に似ていることから沓形(くつがた)とも呼ばれる。大脇潔「鴟尾」(『改訂新版 世界大百科事典』平凡社)によれば、「日本には高句麗,百済を経て6世紀末に伝えられ,飛鳥・白鳳・奈良時代の寺院に盛んに用いられるとともに,奈良・平安時代の宮殿・官衙にも使用された。」とのことである。下図の唐招提寺金堂のものが代表的である。
    唐招提寺金堂の鴟尾

    [図の出典]https://ja.wikipedia.org/wiki/鴟尾#/media/ファイル:Toshodaiji_Nara_Nara_pref00bs5s900.jpg

     
  6. 築地(ついじ)
    築地市場は「海岸に土地を築いた」ということが地名の由来とされ「つきじ」と読むが、芥川龍之介『羅生門』では、「練り土を積み上げて造った塀」のことを意味し、「ついじ」と読む。古くは、土だけをつき固めた土塀のことを指すが、その後、柱を立て、板を芯として両側を土で塗り固め、屋根を瓦で葺ふいた塀を指す単語となった。コトバンク所収の『精選版 日本国語大辞典』の「築地」に関する解説文および図がわかりやすい。
     
  7. 丹塗(にぬり)
    社寺建築の柱などに見られる伝統的塗装方法。伝統的社寺の建物における赤い彩色は、酸化鉛から作られた伝統的な赤色顔料によるもので、建造物装飾の言葉では丹塗や弁柄塗と呼ばれる。赤色は血液を連想させることから「生命力」の象徴とされており、木材の防腐や防虫効果とともに、神仏の加護が人々に伝わるようにという意図が込められている。
 
参考資料・参考WEBサイト
  1. 松井禎昭 朗読「羅生門」(NPO多言語多読監修「朗読音声のダウンロード」『レベル別べつ読よみもの』)
    https://tadoku.org/japanese/audio-downloads/tjr/#audiodownload-01

    NPO多言語多読 監修、粟野真紀子 簡約『にほんご多読ブックス』vol. 6-1 「羅生門・トロッコ」所収の、現代語に書き直された「羅生門」の日本語朗読音声がダウンロードできるようになっている。
  2.  
  3. 特定非営利活動法人サイエンス・アクセシビリティ・ネット「羅生門」
    https://www.sciaccess.net/mmDaisy/Rashomon/index.html

    「羅生門」を、同法人のChattyInfty3 for AITak Ver3.26bで読み上げた日本語朗読を、ルビ付き原文を見ながら聴くことができるようになっている。
    ルビ付き原文は、「縦書き表示」と「横書き表示」の切り替えが可能となっているだけでなく、「少学1年生レベル」から「中学生レベル」までの学年レベルごとに表示を変えることができるようになっている。
  4.  
  5. NHK「羅生門(芥川龍之介)」NHK for School
    https://www2.nhk.or.jp/school/watch/outline/?das_id=D0005150041_00000

    芥川龍之介「羅生門」に関わる解説と日本語朗読が交互に繰り返される10分間の動画。
  6. NHK高校講座
    ttps://www.nhk.or.jp/kokokoza/search/?q=羅生門&lib=on

  7. 『国語教室』第102号 特集「羅生門一世紀」、大修館書店
    https://www.taishukan.co.jp/kokugo/media/journal_kokugo/?id=40

    特集「羅生門一世紀」として、下記論考が掲載されている。

    〈インタビュー〉 百年目の「羅生門」 関口安義 4
    「羅生門」誕生前夜――下人の人物造型と現代 髙橋龍夫 10
    「羅生門」はなぜ共通教材になったのか 武藤清吾 18
    「羅生門」を再生する〈読者〉 阿部寿行 22
    「羅生門」の扉を開くために――授業を拡張する七つの鍵 小澤 純 26
    〈アンケート〉 「羅生門」は本当に面白い? 高校生アンケート   14
     
  8. 三宅義藏(2022)『羅生門」55の論点』大修館書店
    https://www.taishukan.co.jp/book/b608218.html

    本書は、下記のような興味深い55の論点を取り上げており、興味深い。

    その1 「羅城門」を「羅生門」と変えたのは、なぜか。
    その2 実在した「羅城門」は、どのような門だったか。
    その3 暮れ方から物語が始まるのは、なぜか。
    その4 「下人」とは何か。
    その5 登場人物に名前がないのはなぜか。
    その6 「雨やみを待っていた」と書いて、後で言い直したのはなぜか。
    その7 「蟋蟀」は、コオロギかキリギリスか。
    その8 「旧記によると」という解説があるのはなぜか。
    その9 「仏像や仏具を打ち砕いて~薪の料に売っていた」という記述は何のためにあるのか。
    その10 実際にはいない「鴉」の描写があるのはなぜか。
    その11 下人が座っているのが「七段ある石段の一番上の段」であるのはなぜか。
    その12 下人の着物が「紺」であることには、どのような意味があるか。
    その13 「にきび」が何度も出てくるのは、なぜか。
    その14 突然「作者」が出てくるのはなぜか。
    その15 下人が暇を出されてから「四、五日」なのはなぜか。
    その16 「Sentimentalisme」というフランス語が出てくるのはなぜか。
    その17 「雨」「夕闇」「雲」の描写は何のためにあるのか。
    その18 「どうにもならないことを」からの一段落は、どのようなことを言っているのか。
    その19 盗人になることを積極的に肯定する勇気がなかったのはなぜか。
    その20 「雨風の憂えのない、人目にかかる惧れのない」場所を求めたのはなぜか。
    その21 なぜ下人は「聖柄の太刀」を持っているのか。
    その22 「そのはしごの一番下の段へ踏みかけた」という描写には、どのような意味があるか。
    その23 下人を「一人の男」と表現したのはなぜか。
    その24 火の光を「濁った、黄色い光」と表現したのはなぜか。
    その25 「どうせただの者ではない」という表現から、下人がどのような人物であると考えられるか。
    その26 裸の死骸と、着物を着た死骸とがあるのはなぜか。
    その27 「ある強い感情」とは何か。
    その28 老婆の描写の仕方にはどのような意図があるか。
    その29 「六分の恐怖と四分の好奇心」とはどのようなものか。
    その30 死体の髪の毛の抜き方が「一本ずつ」なのはなぜか。
    その31 恐怖が少しずつ消えていった後の下人の心理はどのようなものか。
    その32 老婆の行為を「許すべからざる悪」と思ったのはなぜか。
    その33 「白い鋼の色」を突きつけた、とはどういうことか。
    その34 「執拗く黙っている」のはなぜか。
    その35 「全然、自分の意志に支配されている」という表現はおかしいのではないか。
    その36 「この意識」が「憎悪の心」を「冷ましてしまった」とはどういうことか。
    その37 下人が自分のことを「旅の者」と言ったのはなぜか。
    その38 老婆が「この髪を抜いてな」を繰り返したのはなぜか。
    その39 老婆は何のためにかつらを作ろうとしているのか。
    その40 「老婆の答えが存外、平凡なのに失望した」のはなぜか。
    その41 「前の憎悪が、冷ややかな侮蔑と一緒に、心の中へ入ってきた」とはどういうことか。
    その42 老婆の台詞を現代語であらわすとどうなるか。
    その43 「今昔物語集」の「女主人」を、「蛇を魚と偽って売る女」としたのはなぜか。
    その44 老婆の言ったことを簡潔にまとめるとどうなるか。
    その45 老婆が言ったことと下人が受け取ったことは、同一か。
    その46 「大体こんな意味のこと」となっているのはなぜか。
    その47 「勇気」が生まれてきたのは、なぜか。
    その48 「あざけるような声で念を押した」のはなぜか。
    その49 にきびから手を離したことにはどのような意味があるか。
    その50 下人が盗み取ったものが、老婆の着物だけなのはなぜか。
    その51 「またたく間に急なはしごを夜の底へ駆け下りた」とはどういうことか。
    その52 下人が去った後、老婆が描かれているのはなぜか。
    その53 「黒洞々たる夜」とは、どういうことをあらわしているか。
    その54 「下人の行方は、誰も知らない」という終わり方を、どう考えるか。
    その55 「羅生門」を、現代の高校生はどのように受け止めているか。